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曹洞宗の流れは、インドでお生まれになられたお釈迦さまの教え、おさとしを幾世代にも渡って祖師方が、悟りの生活を通して、師匠から弟子へと受け継がれ、インドから中国そして日本に伝えられてきたものです。
曹洞宗は、中国の禅宗五家(曹洞、臨済、潙仰、雲門、法眼)の1つで、日本仏数においては禅宗(曹洞宗、日本達磨宗、臨済宗、黄檗宗、普化宗)の1つ。鎌倉仏教のひとつである。
専ら坐禅に徹する黙照禅であることを特徴とするが、仏陀つまり悟りを開いた人・目覚めた人の教えであるので、出家在家に拘らず、求道者各自が悟りを開くことを標榜する。
曹洞宗の源はお釈迦さまですから、ご本尊さまはお釈迦さまです。
お釈迦さまの教えを日本に伝えられ、永平寺を開かれた道元禅師を「高祖」とあがめ、絶持寺を開き、教えを全国に広められた瑩山禅師を、「太祖」と仰ぎ、このお二人の祖師を「両祖」と呼び、ご本尊「お釈迦さま(釈迦牟尼仏)」とともに、「一仏両祖」としてお祀りしお慕い申し上げ、信仰のまことをささげています。
拝む時は「南無釈迦牟尼仏」と、お唱えして礼拝します。
現在では、全国に約15,000の寺院と、25,000人の僧侶、そして多くの檀信徒に支えられている我国有数の仏教教団であります。
曹洞宗には、「一仏両祖」の定めがあります。 一仏とは、本尊釈迦牟尼仏であり、両祖とは、高祖承陽大師道元禅師と太祖常済大師瑩山禅師です。
お釈迦さまは、詳しくは釈迦牟尼(釈迦族出身の聖者)、世尊(世に勝れ尊敬される人)等と呼ばれ、釈尊と略称されます。
今から約2500年前頃、ネパールのルンビニーに、釈迦族の王子としてお生まれになり、姓をゴータマ、名をシッダールタと申されました。王子として裕福な暮らしに恵まれたものの、深く人生の問題に苦悩され、29歳で出家されました。6年もの厳しい修行の後、ブッタガヤーの地で35歳で成道され、仏陀(覚者)とお成りになりました。緑起説や諸行無常、諸法無我、涅槃寂静、一切行苦などに代表される教えを説かれました。
以後、クシナガラの地で入滅される迄、弟子の育成と仏法を伝道される旅をお続けになりました。
瑩山禅師は1264年(1268年の説もある)、植前にお生まれになり、8歳で永平寺に入り三世義介禅師のもとで修業を始めました。
13歳で二世懐弉禅師について正式に僧となると、瑩山紹瑾と名を改め、19歳になると諸国行脚の志をたて、求道生活に精進されました。
そして35歳の時、義介禅師の後を離いで加賀国(石川県)の大乗寺住職となり、2年後に『伝光録』をお示しになりました。その門下には優れた人材が集まるようになり、曹洞宗が発展する基礎が築かれました。
また。50歳で能登に永光寺を開き、そこで『坐禅用心記』を撰述されたと言われています。
その後、58歳の時諸嶽寺を寄進されると禅院に改め總持寺と名づけました。1324年、61歳の時總持寺の住職を峨山禅師に譲られ、翌年62歳でそのご生涯を閉じられました。
道元禅師は1200年、京都にお生まれになり、14歳の時に比叡山にて得度されました。24歳で仏道を求め宋に渡ると如浄禅師のもとで修行に励まれ、「正伝の仏法」を相続されました。
28歳で帰囲した後、正しい坐禅の作法と教えをすすめようと『普勧坐禅儀』を著され、34歳の時に宇治に興聖寺を建立し最初の僧堂を開いて修行者の養成と在俗の人々への教化を始めました。また、仏法の境地と実践を伝えるべく『正法眼蔵』の執筆を続けられ、45歳の時に越前に大仏寺(後に永平寺と改名)を建立しました。
その後も道元禅師は修行の生活を送りながら第子の育成に努められ1253年、54歳でそのご生涯を閉じられました。
曹洞宗には、大本山が2つあります。ひとつは福井県にある大本山永平寺であり、ひとつは横浜市にある大本山總持寺です。これを両大本山といいます。
両大本山は曹洞宗寺院の根本であり、信仰の源であります。
大本山の住職の正式な呼び方は貫主といい、「禅師さま」と親しくお呼びしております。
大本山總持寺は1321年、瑩山禅師が58歳のとき、能登(石川県)の諸嶽寺もろおかでらを定賢律師より譲られ、これを禅院に改めて諸嶽山總持寺と名づけたことに始まります。
1898年に七堂伽藍を焼失し、1911年に能登から横浜市鶴見へ移りました。なお、旧地は總持寺祖院そいんとして再建され、地域の信仰を集めて今日にいたっています。
境内は50万㎡(約15万坪)と広大であり、横浜市鶴見区の広域避難場所の一つに指定されています。境内には、仏殿、大祖堂をはじめ多くの堂字があり、鶴見大学などの学校施設もある。
【所在地】〒230-0063 神奈川県横浜市鶴見区鶴見2-1-1
大本山永平寺は1244年(寛元2年)、道元禅師が45歳の時、渡多野義重公の願いによって、越前(福井県)に傘松峰大仏寺を建立し、2年後に吉祥山永平寺と改められたことに始まり、現在まで約750年の伝統を誇っています。
深山幽谷の地にたたずむ山門、仏殿、法堂、僧堂、庫院、浴室、東司の七堂伽藍では、修行僧が道元禅師により定められた厳しい作法に従って禅の修行を営んでいます。
境内は約33万㎡(約10万坪)の広さをもち、樹齢700年といわれる鬱蒼とした老杉に囲まれた静寂なたたずまいは、出家道場として誠にふさわしい霊域となっている。
【所在地】〒910-1228 福井県吉田郡永平寺町志比5-15
曹洞宗は、お釈迦さまより歴代の祖師方によって相続されてきた「正伝の仏法」を依りどころとする宗派です。それは、坐禅の教えを依りどころにしており、坐禅の実践によって得る身と心のやすらぎが、そのまま「仏の姿」であると自覚することにあります。
そして坐禅の精神による行住坐臥(「行」とは歩くこと、「住」とはとどまること、「坐」とは坐ること、「臥」とは寝ることで、生活全てを指します。)の生活に安住し、お互いに安らかでおだやかな日々を送ることに、人間として生まれてきたこの世に価値を見いだしていこうというものです。
私たちが人間として生を得るということは、仏さまと同じ心、「仏心」を与えられてこの世に生まれたと、道元禅師はおっしゃっておられます。「仏心」には、自分の命を大切にするだけでなく他の人びとや物の命も大切にする、他人への思いやりが息づいています。しかし、私たちはその尊さに気づかずにわがまま勝手の生活をして苦しみや悩みのもとをつくってしまいがちです。
お釈迦さま、道元禅師、瑩山禅師の「み教え」を信じ、その教えに導かれて、毎日の生活の中の行い一つひとつを大切にすることを心がけたならば、身と心が調えられ私たちのなかにある「仏の姿」が明らかとなります。